ねえ、いつまで“港区女子”として消耗されてるの?

「マドジャスは港区女子気取りの田舎者」

「金持ちに媚を売っている」

エゴサをすれば、毎日のようにそんな野次を飛ばされまくっている時代があった。

その頃の私は今のように完全なフリーランスではなく、アルバイトの傍らでちょこちょこーっと執筆活動に勤しんでいた。

それ以上に勤しんでいたのは、港区活動だった。

確かに執筆する内容も港区女子を始めとした港区事情についてが多くを占め、

ただ飲んで騒いで男性にチヤホヤされるお遊びですら、“取材”と称して誰にも咎められることも無く、思う存分に好き勝手な日々を送っていたのだ。

予定が無いと一日中自宅で過ごし、なるべく外出をしないように一日に予定を詰め込みまくり、金曜日や土曜日も世間の盛り上がりなんて無視するかのように19時には家にいる今の私から言わせれば、「その体力どこ行った」に尽きる。

あの頃は、何故あんなにもお酒を飲めて、寝なくても動けて、連日走り回れたのだろうか。

きっと、自分のコンプレックスをどうにか昇華しようと必死だったのだろう。

学歴も、実績も、知名度も、何も持っていなかった私が唯一持っていたのが若さだった。唯一にして、最強の武器だった。その武器で手に入れた称号…アイデンティティこそが“港区女子”だ。

大衆化した“港区女子”はいつしかトロフィーガールに

アイデンティティとは言っても、当時(2016年頃)の港区女子はどちらかというと、嘲笑の対象だった。

虎の威を借りる狐かのように人様のステータスやお金をさも自分のものであるように堂々と語る。

そこに罪悪感などはまるで存在しない。

「西麻布のあのお店がいい」「外資系企業のサラリーマンとデートをする」「経営者たちとクルージングに行く」

…こんな会話を20代前半の女子たちが繰り広げているのだから、末恐ろしいにも程がある。

けれど、2017年に差し掛かると、また違った会話内容に移り変わっていった。

何故なら、今や市民権を得つつある(得てほしくないけど)ギャラ飲みやパパ活ブームが到来したからだ。

2017年以前の港区女子たちには、どことなく男性に媚びないプライドを感じていた。

「あくまでも私たちが選ぶ側だ」という強い意志だ。

だが、男性からの金銭的援助が主旨であるギャラ飲みやパパ活ブームにより、その強い意志を持つ港区女子はどこかへと消えてしまった。

残った…というよりも、新たに誕生した港区女子は男性の私利私欲を満たす代わりに金銭を受け取る夜のトロフィーガールと化した。

そこにはプライドなんて存在しない。たかが数万円の為に時間と身体を削っていく。

私の知っている港区女子は、アイデンティティとしていた“港区女子”は決して娼婦では無かった筈だったのに…。

プロではなく、素人を好む男性たち。

港区で娯楽に興じる男性たちは、女性に慣れている。

もっと言えば、金銭を介した女生徒の付き合いなんて朝飯前だ。

だからこそ、彼らはよく言う。「スレてない子がいい」「水商売系は嫌だ」「西麻布で遊んでいない女子大生と遊びたい」と。

彼らの気持ちが分からない訳でも無い。

私がご馳走する立場であったら、斜に構えている相手よりも、料理が出てくるたびに目を輝かせる相手のほうが奢りがいがあると感じる。

だからと言って、安易にギャラ飲みやパパ活といった素人遊びをするのもどうなのだろうか。

そもそも、素人遊びは本来ただの色恋だったのでは無いのだろうか。

色恋をシステム化して、それに興じることがステータスだと感じているのであれば、それはあまりクールではない。

さらに水商売を否定するのであれば、れっきとしたダブルスタンダードを主張しているのだと自覚すべきだ。素人相手に遊ぶことほど、怖いものはない。

有限資産である若さに頼りすぎると…。

女性側としても、仮に水商売に従事していたとしたら、そんなに注力はしていなくとも得るスキルはある。

私自身、キャバクラ・クラブ・ガールズバーといったポピュラーな水商売を経験したからこそ声を大にして言える。

接客技術・営業力・自己プロデュース能力・対人スキル…など、学べるものは少なくはない。

ギャラ飲みやパパ活に従事する女性からは「お店を通しているかいないかの違いだし、私たちがやっていることでも同等のものを得れる」と反論されそうだが、それらのみで生計を立てていたとしても、税金をしっかり納めていない時点であなたたちは無職でしかない。

社会的信用さえもない。何もない。

キツい言い方になるが、これは紛れも無い現実なのだ。

勿論、中には得たお金で起業をしたり、進学したりする人もいるが、残念ながら少数派に留まる。

私たちが最強の武器だと思っている若さにはタイムリミットがあり、この瞬間も刻一刻と針は進んで行っていて、それに泣きながら縋り付こうが時を止めることは出来ない。諸行無常とはまさに。

ナンバーワンには代わりがいる

若さのみを武器にしていると、消耗していくのは自分自身だ。

誇れるものがそれしかないと、同じような人たちと牙を向き合うことになる。

座るのがあなたじゃなくてもいい席というのは、誰が座ってもいい席と同義だ。

 

その少ない席を若さという武器だけで取り合うのは、傍から見れば滑稽でしかない。

何故その枠でナンバーワンを目指すのか。

そこでナンバーワンになったとしても、代わりなんていくらでもいるなら意味が無い。

恋愛においてだって一緒だ。

私がいいのか?似ているなら他の子でもいいのか?

絶対に前者が良いに決まっている。私の代わりなんていない。

では、オンリーワンになるにはどうすればいいか。

若さ以外に武器を作るしかない。

幸福にも、私の場合のそれは“マドカ・ジャスミン”だった。たかがTwitterのフォロワー数が多いだけで、男性は一目を置いてくれて、対等に仕事の話までしてくれるようになる。

何だっていい。本を読んで知識を深め、映画や美術などの芸術に触れ、常に情報にアンテナを張り、そして何よりも、自己を主張する。

笑って頷いてだけで可愛がられるのは、前時代的な女性像だ。嫌なことには嫌という。

理不尽には中指を立てる。離れていく男性もいるだろうけど、残った男性とはきっと性別を超えてどんな関係でも仲良くなれるだろう。

港区は、“大人”の遊技場である

子供は大人に従うしかない。大人は大人と対等に話せる。

数枚の一万円札をひらつかせれば従う女性なんて、お小遣いに釣られる子供と大差ないと感じる。

港区は、そんな子供が好き勝手に遊ぶ場所じゃない。

昔は芸能人が人目を気にせず歩いていた西麻布も、今では子供とミーハーが闊歩する観光地になってしまった。

いつまで、タクシー代を目当てに、パパを探しに、港区へ赴くつもりなのだろう。

私はもう子供として、あの街で遊びたくはない。もう、今年で24歳。社会人歴は6年目。

嘘の笑みを浮かべずに自分の稼いだお金で美味しいお酒と食事を嗜みたいと思うようになってしまった。

自分でお店を決めたい。帰る時間も自分で決めたい。私は誰にも、消耗されたくない。今も、ずっとこれからも。

関連記事

  1. ​賃料・総工費共に日本最大級の相席ラウンジが梅田茶屋町にオープン!

  2. こんな北新地はまだ知らない!ハイスペ男子が連れてく北新地グルメ8選

  3. あの大物俳優がお忍びで通う三軒茶屋の隠れ家バー6選

  4. 【外資系商社マンが選ぶ大人なグルメ】みなとみらいデートで使えるグルメな…

  5. 【顔出し!?】隠遁人妻の整形遍歴!300万の整形は割りの良い投資だ

  6. <E子が伝授>ハイスペ男性を落とすための5つの心得

  7. 町田でおすすめの相席ラウンジとは?評判や男性と仲良くなる方法まで

  8. ハイスペック男子との出会いの場6選!選ばれる女になるコツは?