奢られるのを目的としたデートをいつまで繰り返すの?(マドカ・ジャスミン)

年齢と出身地が同じな友人たちと月に一回ちょっと背伸びをしたお店での食事会を始めたのは8月。少し前までは単価5,000円程のお店でもびくびくしていたのに、気がつけば単価10,000円程のお店に自腹で行けるようになっていた。

年上の友人と食事や飲みに行き、ご馳走してもらう機会は勿論あるけれど、数年前に比べればその数はがくんと減った。料理上手なパートナーと同棲しているという理由もあるが、それ以上に年々強くなっていくものが最大要因だ。

それは、どうでもいい大人にあれこれ言われるのが超絶面倒くさい。これに尽きる。

一回り年上の男性が連れて行ってくれるお店はどこもセンスが良く(中には例外もいて、そんなのはド論外)、提供される食べ物とお酒は当たり前のように美味しい。それだけなら大満足だけど、問題はそこに派生する“オプション”だった。

 

ディナー目当てに逢瀬を重ねていた

 

そんな導入を読んで、ふと疑問を抱いた読者もいるだろう。「何でそんなことを思う相手と食事してたの?馬鹿なの?」と。認めよう、当時の私は紛れも無く馬鹿だった。大馬鹿だった。若さというとんでもなく貴重な有限資産をあろうことか、どうでもいい人たちに費やしてきたわけだ。今思えば、死刑ものである。

けれど、過去を悔いても仕方ない。それに私はもうそこから脱却したのだからよしとしておく。では、何故そんな愚行に及んでいたというと、単純にいいお店でタダ飯が食べたかったからに尽きる。実家暮らしだったとはいえ、当時は今よりお金が無く、かつ家族との仲が最悪だった為、あまり早い時間に家に居たくなかったのだ。

そうなると、夕方頃に仕事が終わっても、直帰出来ない(したくない)。でも、なるべくお金は使いたくない。そうなると、必然的にターゲティングされたのは、飲み会やバイト先で知り合った年上の知人たちだった。

男性からしてみても、20歳ぐらいの女の子から、「今日何してますか?」なんて連絡がくれば、そりゃあ色々な意味で嬉しいに違いない。私という個体ではなく、20歳の女の子というアイコンのみで人様が時間を割いてくれるなんて…若さの魔力とは末恐ろしい。

そんな感じでお昼から夕方に掛け、男性たちに「今晩何してますか?」的なLINEを送信しまくり、返信の中からその晩のディナー相手を選定していたのだ。こうして思い出しながら文章にしていると若さ故の過ちとはいえ、非常にブン殴りたくなってくる。

こうして、人様のお金でたらふく飲み食いし、日によってはその人自身も食べる()といった生活を送り続けていた私だが、段々と心の中にモヤモヤを抱きつつあることに気づいた。

「何で時間を割いてダルいことを言われないといけないのだろう」

 

そんな生活を送っている時期は、自分の名前が段々と世に出始めた時期と重なっていた。男性からすれば、出会った時は学生ではないただの若い女の子だった私が、次に会う時は雑誌に掲載されていたり、何なら番組でみんながよく知るタレントと共演したり、よく分からないけど何だかすごいことをしている女の子に移り変わっていったのだから…変な話、妙な興奮を隠せていない人も少なくは無かった。

私の場合は特に扱っているテーマがセンシティブだったのもあり、最初はスマートな印象だった人が会う回数を重ねるにつれ、「あの記事ってさー」とニヤニヤした表情を浮かべながら聞いてくるなんてことが激増したのだ。これぞハラスメント。

飲み会でも学生の年齢なのにフリーランスとして働いていると言えば、返ってくるのは余計なお節介と的がズレまくったアドバイス。所謂、マンスプレイニングと言えるかもしれない。ニコニコとはぐらかしながらテキトーな対応を重ねていたものの、積み重なるものを無視できるような大きさの器を私は持ち合わせてはいなかった。

まだ水商売をやっていた時期だったのもあって、そういった場面に遭遇するたび、「この時間、出勤していたら稼げたのに」「2本記事書けたわ…」なんて後悔と自責の念に苛まれるようになっていった。いくらタダ飯…人によってはタクシー代を貰えるからと言って、この精神の擦り減りはどうしたって無視を出来ない。

飲み会や食事には行きたいけど、面倒くさい大人には会いたくない。そんなジレンマを自覚したタイミングで今のパートナーと付き合うことになり、私は運よくその蟻地獄から脱せたのは不幸中の幸いだったと言える。

 

お金を払う=最終決定権を得る

 

逆にパートナーと付き合い始めてからは、これまでの生活が見事に一変した。同い年で私の方が収入が高く、割り勘どころか私が多めに支払うなんてザラ。何なら奢ることも珍しくなかった。今まで散々、たくさんの男性に胃袋の世話をしてきてもらった女が必死に男の胃袋の世話をするなんて、何ともまあ面白いったらありゃしない。

交際当初は「お金が無いを理由にドトールですらお茶が出来ないって何事だよ…」と頭を抱えていたが、次第に「私が払うから」と彼を外へと引っ張り出すようになっていた。端から見れば、「やめとけ!」となるような話だけど、元々の気質もあり、お金を出す側のラクさに楽しさすら見出すようになる私。

「相手にお金が無いのなら、私が払えばいいじゃない。その方が決定権を得れるし」

ちょっとズレた思考だと我ながら思うけれど、これがラクでラクで仕方ないのだ。レストランやカフェ、ラブホテル…あらゆるタイミングで「私が払うから(or多めに出すから)」と言えば、ほぼ間違いなく最終決定権は私のものとなる。皮肉なことにどうにかしてお金を使わないようにするよりも、自分主体でお金を使う方が消費の楽しさとそれに伴う利便性に気づいてしまったのだ。そうなると、稼ぐ意欲もガンガン滾る。

最終決定権を持っていれば、どうでもいい相手からの誘いも、「その店なら自分で行けるからいいや」「それぐらい自分で買うわ」といった気持ちでスパスパと断れるようになるからすごい。逆に言えば、お金という軸ではなく会いたい人にだけ会うようになり、精神も人間関係もとても健やかになるのだ。そうなると、仕事に対するモチベーションも落ちない。最高か?

 

自分のご飯代ぐらい自分で稼げる女性になりたくない?

 

世間的にはグルメと言われる分類である私は、エンゲル係数もまあまあ高い。普段は彼の手料理とはいえ、冒頭で書いた食事会や西麻布のお洒落なバーで飲むこと(自費)もあるので、交際費はそれなりに掛かる。そうなると、必然的にどうでもいい外食や交際を減らす努力をするようになった。

1ヶ月5回ファミレスで1,000円の食事をするよりも、1回単価5,000円のレストランで食事をしたい。

5回単価2,000円のお店へ行くよりも、1回単価10,000円のお店へ行きたい。

価値観が変われば、付き合う人たちも変わっていく。以前はアホのように飲んでいた友人たちとは疎遠になり、今付き合っている人たちは皆その部分の価値観を共有出来る人たちだ。言わずもがな、皆自分が稼いだお金で食事をしている。

30歳を過ぎても、男性に奢ってもらった額を自分の価値のように語る妖怪のような女性もいるが、私はそちら側になりたくない。自分で食べたり、飲んだりするものは自分で選びたい。

だからこそ、奢られ目的ではなくても私が会いたいと思い、さらに食事をご馳走までしてくれている大好きな先輩方へ感謝し、自分もそういう大人…格好いい女性になれるように邁進していきたいと考える食欲の秋であった。

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