生きづらい僕が、春におもう「僕」のこと

1.はじめに

脈絡のない文章になった。矛盾が多く、支離滅裂な文章になった。

読みづらい文章になった。これは、僕が読者に向けて書いた文章ではなく、僕が僕のために、僕を知るために書いた文章だ。

書いてみると、僕は僕のことをますます分からなくなった。でもこれは見方によっては進歩なのかもしれない。

まだ分からない自己の存在を明確に確認できた。この文章は読まなくてもよい。

何故なら何も役に立たないし、書いてあることに意味はないからだ。少なくとも僕はそう捉えている。

でも、僕の体温に一番近い言葉であることは確かだ。だから、僕のことを知りたい人は読むべきかもしれない。

僕のことに興味がない人、僕のことを「恋愛や人生において役にたつ情報をくれる人」というふうに認識している人は読まなくてよい。

でもここまで読んでくれたことに謝意を示したい。ありがとう。

2.腐敗した心

何度恋をしたか分からない。全身に血が駆け巡るような感覚を僕はここ1年間で何度も経験している。

単純に人と会う回数が多くなったからだ。

好きになるハードルが低すぎるのではないか。

と言われるかもしれないが、僕は、元々童貞なのだから、当然と言えば当然かもしれない。

人間誰しも生まれた時は童貞であるが、僕の場合は例外である。23年間も童貞を拗らせている。

異様である。しかし先日25才の童貞と会ってしまった。これ以上このことに言及すると彼を傷つけることになりかねないのでやめておこう。

話が逸れたが、僕は前述したいくつかの恋を恋という感情フォルダに入れることなく、ゴミ箱へ捨てた。

昔から心が腐敗していると言われる。

人を好きになる感情が著しく欠如していると。

「私のことを好きにならない男は貴方が初めて。」と何人かの女性に言われたこともある。

正確には腐敗しているのではなく、腐敗させているのだ。感情に蓋をしている。

蓋を閉めれば、新鮮な空気が入らないのでそのうち腐敗する。

自分でも何故そんなことをしているのかはよく分からないが、この間会った人に「あなたは傷つきたくないんだよね」と言われた。

確かにそうかもしれないな、と思った。

それと同時に、僕にも傷つきたくない肉体と心があるんだなと思い、嬉しくなった。

好きになるのは単純接触効果というものらしい。

つまり、接触頻度が多くなれば、誰しも肯定的な感情を抱きやすくなるのだ。

僕はもう一度会ったら好きになりそうな女には二度と会わない。誘われても断る。

人を好きになることを避けて僕は一体何がしたいのだろう。よく分からない。

考えても考えてもよく分からない。

 こんなことを言うと批判されるかもしれないが、僕は恋愛で失敗したことがない。

考えてみれば当たり前だなと思う。好きになってくれた人しか好きにならなかったのだから。

 

好きなんてコントロールするものじゃないのに、僕は全ての好きをコントロールしてきた。

これでいいのかどうかは分からない。ただ、一つ言えるのは、味気ないなということ。

でも、僕はこのスキルによって生きやすさを獲得した。単純に自由でいたかった。

 

人への感情によって自分の思考や行動が制限されるのはすごく嫌だった。

今、さっきの疑問が解消された。

自由でいたいのか、僕は。でも不自由であることもそれはそれで楽しいのかもしれない。

波に揺蕩う日常も時には必要なのかもしれない。そんなことを僕は今考えている。

3.語彙力を身につけるには

ある人がこんなことを言っていた。

「語彙力を身につけたければ、恋をすればよい」と。

恋をすると、言語化できないような、経験したことのないような感情に襲われる。

この心の靄を晴らすには言語化しなければならない。

夢中で自分が思ったことを書き綴っていると知らぬ間に語彙力が身についているらしい。

変な話だなと思った。でも、確かに言われてみれば、生きづらさを抱えてきた人間の方が圧倒的に文章は上手い。

一方で、生きるのが初めから得意だった人たちは、文章の上手い下手は別にして、なんか心に響きにくい。

含蓄みたいなものが感じられない。

この理由はおそらく、生きづらさを抱えた人間は、過度の自己内対話を必要とするからだと思う。

借り物の言葉ではなく、自分の言葉で発していると感じる。

僕は文章が上手い人が好きだ。文章が上手いだけで信頼できる。

文章力を身に付けたかったら文章術みたいなタイトルの本を読むより、暗い海の底まで潜り苦しい思いをした方がよっぽどいいと思う。

多少遠回りにはなるけど、最終到達地点は高い。

4.僕の弱さ

学生時代にいじめられた経験がある人は脆いなと思う。

僕は元々いじめられっ子なので、他人の顔色を過剰に気にしてしまうタイプの人間だ。

近くで人がケラケラと笑っていたら自分のことを馬鹿にして笑っているのだと思うし、赤ちゃんが僕の顔を凝縮してきたらそれほど自分の顔は奇妙で醜いのだと思う。

そんなふうに周りの人間に、外側の世界に、ビクビクして生きてきた。

完全にそれは拭きれないものだ。消えない。未だ恐怖の残り火がどこかで燃え続けている。

だから今の僕の自信や自己肯定感は完全に作られたものだ。作り物は脆い。壊れるかもしれない。

勇気を振り絞って一歩踏み出しても、また世界から拒絶されるかもしれない。でも、壊れたらまた作り直せばいい。僕はこの作り物で生きていく。

5.恋愛での成功体験が皆無

恋愛で失敗したことがないって言ったけど、成功したこともなかった。

布団に包まっていれば楽だけど、結局何も得られない。結局僕がしていることって、恋愛がなくても満ち足りる生活にしているだけ。

問題を先送りにしているだけなのかな。

やっぱり恋愛が上手くいくには、恋愛と向き合わないといけない。

ただ、確かに恋愛をしようにも自立ができていないと相手と依存的関係になることは間違いない。

6.季節感性について

春が好きな人は強いなと思う。

僕からしてみれば春ほど苦しい季節はない。

得体の知れない苦しさや寂しさがある。その点、冬は痛切だ。痛切であることはさほど苦しくない。

冬は形がはっきりとしている気がする。春は形がない。掴もうとしても手からこぼれ落ちる。

秋は一年における薄暮である。夏は秋の背中を見て歩く。

だから夏はどこか健気だな。僕は夏が好きだ。

とてつもなく好きだ。もはや夏を待つために一年を生きていると言ってもよいほどだ。

雲一つない夏の紺碧の空を見た時はやっぱり隣に好きな人がいてほしいなと思ったりする。

7.最後に

大学生くらいまでは自分の声が一切聞こえなかった。

他者の期待を満たそうして周りの音を拾おうとすると自分の声が聞こえなくなる。

結果僕は自分の声を知らない人間になった。

 

でも今は、はっきりと聞こえる。自分が今何をしたいのか。

何を考えているのか。

自分の声が聞こえるってこんなに幸せなことなんだなと思った。

今までは自分の声は勝手に聞こえるものだと思っていた。

 

だけど、自分の内側に意識を向けて、耳を澄まさないと自分の声は聞こえないのだと分かった。

これから僕は自分の声を抱いて二人三脚で明日を目指していく。

そして、僕たちの船は動かぬ霧の中を、纜を解いて光の港に辿り着く。

僕にはもう何も怖いものはない。

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